11月12日〜18日までスペインのマドリードに行って来ました!途中大変なこともありましたが、無事スケジュールをこなし帰国いたしました!先方でのインタビュー記事がスペインのメジャー新聞の朝刊紙に掲載されました!やはり海外の扱いは違うなーと!日本は悲しいです!女性議員からの汚らわしい発言など本当に低俗ですね!是非この記事を読んでもらいたいものです!



取材の様子

EL・MUNDO エル・ムンド誌
Web記事http://www.elmundo.es/madrid/2014/11/15/54669d5bca4741ee698b457b.html
奈加さん、みなさん、お待たせしました。エル・ムンド誌の記事の日本語訳です。
※訳は、マドリードで通訳してくれましたアケミさんです!
エル・ムンド誌 2014年11月15日(土)
————————————————
縛りパフォーマンス、マドリードに到着
— 縄が繋ぐ愛の行為
————————————————
午後8時、とある3名が他の3名を舞台上で縛る。他の時代だったら、処刑台の上で行われていただろうこの行為。まあ、全く同じ行為とはいえない、どちらかというと全くその逆だ。
古き日本の封建社会で行われてた拷問が、「縛り」という縄による官能的な芸術を生んだ。今夜、クラモーレス劇場の大勢の観客の前で初めてさらされることになる。
ピラール・アルデアはアナシータに、ノー・シバリはクスに、世界一の緊縛師奈加あきらは現在モデルとしてナンバーワンのゴルゴンに、縄を張っていく。
————————————————
彼らは結び目を介した表現者ではあるが、我々は奈加とゴルゴンと話をした。彼から漂う効果的な沈黙と、笑った時の無邪気さ。アジア人の持つこの独特の対比には驚かされた。しかし彼の背中の刺青ほどではなかった。
「縛りとは縄と心」、彼ははっきりとそう言ったが、同時に25年もこの道にいつつ、はっきりしないこともあるようだ。「永遠に何を縛るか」の質問には、わからない、と。そして、未だに縛りとは何であるかがつかめない、とも語った。
————————————————
奈加あきらは未だに探し続けている、それこそが巨匠と呼ばれる所以なのだろう。
ゴルゴンはフランス人、賢い22歳、彼女の言葉も引けをとらない。縛られた時は、痛いですか?「その質問は興味深くない。」と答えた。「痛みとはその状況によるわ。受ける側の感受性にもよるし。メイク・ラブのような愛の行為から受ける全ての感覚をその部分にだけ集中させているようなものよ。」それでは、縛りに一番近い行為は、メイク・ラブ?考えて、「いいえ」と、きっぱり否定した。
ゴルゴンは美術を学んでいたが、そこで教えていたことは、頭ごなしなもので、彼女を納得させるものではなかった。偶然ある人が彼女に縛りの写真のモデルになることを提案し、それを承諾したが、その経験から得たものは想像を超えるものだった。
受けたイメージを、直接肉体を使って表現する方法を見つけた。縛り手とモデル、背中の刺青を共有し、この一種の公現の祭(キリスト教で、幼子イエスが東方の三賢人の礼拝を受けた記念日)を共有している。
奈加が初めて後に彼の師匠となる濡木が女性を縛っている所を見た時、同じような経験をした。今まで否定し、許されない行為だと捉えていた彼のその認識を覆した。彼の元で学び始め、二年後にようやく濡木は奈加に自分の縛った縄を解かせた。奈加は縄を解きながら縛ることを学んだのだ。
——————————————-
ある奇跡
縛りとは、「エロチズム、愛、享楽、痛み、対話」といった、曖昧で、かつ分類不可能で、かつ矛盾したものなのだ。
「縛りとは、ある重大な出来事であり、ある奇跡だ」こう明言するために、哲学者ジジェクの知恵を借りる必要がある。「納得できないからイエスキリストを信じない者がいた、信じたときに初めて納得するのだろう。瞳が美しいから愛するのではない、愛するから瞳が美しく見えるのだ。」縛りにはこういったことが起こっているのだろう。
奈加曰く、「わかる人には、わかる、わからない人には、わからないだろう。」だが、外から見ると、女性を縄で縛り吊るす行為は、従順な女性を増やそうとしていると、理解されかねない。ゴルゴンはこう強調する「エロティックだったり、無視されていたり、物と化した女性だったり、理解できない信頼を扱ったタブーがそこにあるわ。」暴力は?「暴力はあるわ、でも攻撃じゃない。その願望は痛みなくて、身を任せること。暴力から攻撃を引いたら、親密さが残るわ。」
奈加はこう評価した、「これはひとつの対話だ、自分は心から縛る、彼女が受け取り、私に返す、私が受け取り、また縛る。縄が繋ぐ愛の行為だ。」ゴルゴンが今言ったことを否定している?いいえ、愛するとは性的な行為だけではない、優しく撫でたり、何かを交換しあったり。「それは会話よ、楽しかったり、悲しかったり、エロティックだったり。その時によるわ。」彼女が付け加える。縛ることを学び始めた彼女は、今ふたつの視点から物を言える、「縛り手にとって難しいのはスピリチュアルな状態に達すること。縛られ手のほうが、自然にその状態に達することが出来るわ。」
——————————————-
女性のモデルと縛り手を見つけることは難しくない。男性のモデルは珍しい。だから奈加は、縛られたことがあるのかという質問に笑って答えたのだろう。「どちらとも言えない」自分の脚を自分で縛ったことがあるが、誰かに縛られようとしたことはない。誰にも、誰とも。
縛りはその技術を磨くことも必要だ。このイベントを企画したアウトサイダース・アート基金は、バラノ・プロダクションの協力を得て、その安全性の普及と保障のために、本日ワークショップを開催する。
クラモーレスでの、今夜の「縛りのトライアングル」、一体何が起こるのだろう。それを知るためにそれぞれの観客は、自分の中の天使と悪魔と交渉しなければならないだろう。